- 歌の意味
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秋ももう末となり、末野の原で鳴く鹿の声を聞く時こそ、旅は悲しいものだ。
- 鑑賞
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雑歌 575
詞書は前の歌に続き「羇中鹿」
秋もはや終わりに近く、末野の原で鳴く鹿の声を聞くとき、旅の悲しさはいっそう身にしみると詠んだ歌である。古今集の「奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の声聞く時ぞ秋は悲しき」の下の句を旅に転じている。
類従本では旅の部に収められている。定家所伝本では二句を「すゑはらに」とする。
初句「秋もはや」は、秋ももう、の意である。
二句「すゑ野の原に」は、末野の原にの意で、「すゑ」に秋の末と地名の末野を掛ける。
三句「鳴く鹿の」は、鳴いている鹿のの意で、前歌の結句「鹿ぞ鳴くなる」を受けている。
四句「声きくときぞ」は、声を聞く時こその意で、「ぞ」は係助詞で結句の「悲しき」と連体形で結ぶ。古今集の歌の同じ句による。
結句「旅は悲しき」は、旅は悲しいものだの意で、本歌の「秋は」を「旅は」に変えている。
すゑの:秋の末の意と、末野という地名を掛ける
- 作者
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源実朝
- 出典
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金槐和歌集
- 前の歌
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旅衣裾野の露にうら枯れて ひもゆふ風に鹿ぞ鳴くなる
- 次の歌
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ひとり臥す草の枕の夜の露は 友なき鹿の涙なりけり