われゆゑに濡るるにはあらじ唐衣
山路の苔の露にぞあらまし
- 歌の意味
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あなたの袖が濡れているのは、私のために流した涙によるのではないだろう。その唐衣は、山道の苔に置いた露に濡れたのであろう。
- 鑑賞
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雑歌 609
詞書「遠き国へまかれりし人のもとより見せばや袖のなど申しおこせたりし返事に」
遠い国へ下った人から、涙に濡れた袖を見せたいものだと言ってよこしたのに対して返した歌である。その袖が濡れているのは私を思う涙のためではなく、山道の苔の露のせいだろうと、相手の訴えを軽くかわす戯れの返事になっている。「見せばや袖の」は、百人一首の殷富門院大輔の「見せばやな雄島の海人の袖だにも濡れにぞ濡れし色は変はらず」をふまえた言葉である。
類従本、定家所伝本では結句を「露にぞありける」とする。ここでは底本の表示に従って「露にぞあらまし」と読む。賀茂真淵は「唐衣」は「狩衣」ではないかと評している。
初句「われゆゑに」は、私のためにの意である。
二句「ぬるるにはあらじ」は、濡れるのではないだろうの意で、八音の字余りである。
三句「唐衣」は、美しい衣の意で、相手の袖をさす。
四句「山路の苔の」は、山道の苔のの意で、遠国へ向かう旅の道をさす。
結句「露にぞあらまし」は、露のせいであろうの意で、「ぞ」は係助詞で「まし」と連体形で結ぶ。相手の涙を露に言い替えている。
からころも:美しい衣、衣の美称
- 作者
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源実朝
- 出典
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金槐和歌集
- 前の歌
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結ひ初めて馴れしたぶさの濃紫 思はず今も浅かりきとは
- 次の歌
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奥山の苔の衣に置く露は 涙の雨の雫なりけり