恋しとも思はでいかが久方の
天照る神も空に知るらむ
- 歌の意味
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恋しいと思わないでどうしていられようか。天に照る神も、空からこの心をお見通しであろう。
- 鑑賞
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雑歌 614
詞書「建保六年十一月素暹法師、時に胤行、下総国に侍りし頃上るべきよし申し遣はすとて」
建保六年(1218)十一月、素暹法師(当時はまだ東胤行であった)が下総国にいたとき、鎌倉に上って来るようにと申し送ったときの歌である。あなたを恋しく思わないでいられようか、その思いは天照る神も空からご存じだろうと、親しい臣への情愛を率直に述べている。
類従本では「一本及印本所載歌」の部に収められている。この歌は『吾妻鏡』にも見え、そこでは二句を異にする。
初句「恋しとも」は、恋しいとでもの意である。本巻の第六百五首で素暹法師に贈った歌と、相手を同じくしている。
二句「おもはでいかが」は、思わないでどうしていられようかの意で、反語である。二句切れである。
三句「久かたの」は「天」にかかる枕詞である。
四句「あまてる神も」は、天に照る神もの意で、天照大神をさす。
結句「空に知るらむ」は、空から知っているだろうの意で、「らむ」は現在推量である。
ひさかたの:天や空にかかる枕詞
あまてるかみ:天に照る神、天照大神
- 作者
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源実朝
- 出典
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金槐和歌集
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神風や朝日の宮の宮遷し 影のどかなる世にこそありけれ
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いにしへの神代の影ぞ残りける 天の岩戸のあけがたの月