八幡山小高き松の種しあれば
千年の後も絶えじとぞ思ふ
- 歌の意味
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八幡山の小高い松には、その種があるので、千年の後も絶えることはあるまいと思う。
- 鑑賞
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雑歌 619
詞書「寄松祝といふ事を」
松に寄せて祝う心を詠んだ歌である。八幡山の松には種があるので、千年の後も絶えることはないと詠み、八幡神の加護のもとで源氏の家が永く続くことをことほいでいると解される。
類従本では賀の部に収め、詞書を「松によする祝といふ事をよめる」とする。定家所伝本では三句を「たねしあらば」とする。
初句「八幡山」は、八幡神をまつる山の意で、源氏の氏神である八幡神と結びつく。前歌の男山の八幡を受けている。本巻の第六百二十一首も初句を同じくする。
二句「小高き松の」は、こんもりと高い松のの意である。
三句「たねしあれば」は、種があるのでの意で、「し」は強意である。種は子孫の意も含む。
四句「千とせの後も」は、千年の後もの意である。
結句「絶えじとぞおもふ」は、絶えることはないだろうと思うの意で、「じ」は打消推量、「ぞ」は係助詞で「おもふ」と連体形で結ぶ。
やはたやま:八幡神をまつる山
- 作者
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源実朝
- 出典
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金槐和歌集
- 前の歌
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男山神にぞ幣を手向けつる 八百万代も君がまにまに
- 次の歌
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鶴が岡仰ぎて見れば峰の松 梢はるかに雪ぞ積もれる