ちはやぶる御手洗川の底清み
のどかに月の影は澄みけり
- 歌の意味
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神の御手洗川は川底まで清らかなので、のどかに月の光が澄んで映っていることだ。
- 鑑賞
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雑歌 622
詞書「河辺月」
賀茂の社の御手洗川は川底まで清らかなので、月の光がのどかに澄みわたって映っていると詠んだ歌である。神域の川の清らかさと、穏やかな月の光とが一つになった、静かな祝いの趣をもつ一首である。
類従本では賀の部に収められている。賀茂真淵は初句について、「ちはやぶる」は本来荒々しい神をいう言葉であり、すべての神にかぶせるのは誤りで、まして伊勢の神にはふさわしくないと評している。なお底本の表示には四句に「きよく」の語も見え、ここでは「のどかに月の」と読む。
初句「千はやぶる」は「神」にかかる枕詞で、ここでは神の御手洗川を導いている。前の第六百十六首の御裳濯川に続き、神域の川の清らかさを月とともに詠んでいる。
二句「みたらし川の」は、神社の参拝者が手を清める川のの意で、ここでは賀茂の社の御手洗川をさす。
三句「底きよみ」は、川底が清らかなのでの意で、本巻の第六百十六首の三句と同じ句である。
四句「のどかに月の」は、のどかに月のの意である。
結句「かげはすみけり」は、光が澄んでいることだの意で、「けり」は詠嘆である。
みたらしがは:神社の参拝者が手を清める川、御手洗川
ちはやぶる:神にかかる枕詞
- 作者
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源実朝
- 出典
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金槐和歌集
- 前の歌
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八幡山小高き松にゐる鶴の 羽白妙に雪は降りつつ
- 次の歌
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立ち寄れば衣手涼しみたらしや 影見る岸の春の川波