- 歌の意味
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上野国の勢多の赤城の神社よ、その神はどのようにしてこの大和の国に姿を現されたのだろうか。
- 鑑賞
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雑歌 644
詞書「神祇の歌数多詠み侍りしに」
神祇の歌を数多く詠んだときの一首である。上野国勢多郡の赤城の社の神は、どのようにしてこの日本の国に仮の姿を現されたのだろうかと、神の垂迹の由来に思いを馳せている。賀茂真淵はこの歌に評価の印を付けている。
類従本では神祇の部に収められている。定家所伝本では三句の一字を異にする。
初句「かみつけの」は、上野国のの意である。
二句「勢多のあかぎの」は、上野国勢多郡の赤城山のの意である。
三句「かみやしろ」は、神社の意で、赤城神社をさす。三句切れで、呼びかけとなっている。
四句「やまとにいかで」は、この大和の国にどのようにしての意で、「やまと」は日本の国をさす。
結句「跡をたれけむ」は、仮の姿を現されたのだろうかの意で、仏や菩薩が神の姿となって現れる垂迹をいう。「けむ」は過去推量である。
かみつけ:上野国、現在の群馬県
あとをたる:仏や菩薩が神の姿となってこの世に現れる、垂迹する
- 作者
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源実朝
- 出典
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金槐和歌集
- 前の歌
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石上古き都は神さびて 祟るにしあれや人も通はぬ
- 次の歌
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里巫女が御湯立て笹のそよそよに 靡き起き伏しよしや世の中