古典和歌stream

大日の種子より出でて三昧耶形
三昧耶形また尊形となる

歌の意味
大日如来は種子から現れ出て三昧耶形となり、その三昧耶形がまた尊形となる。
鑑賞
雑歌 647

詞書「得功徳歌」
 功徳を得るという題で詠んだ歌である。密教では、仏は梵字の種子、仏の持ち物などで象徴する三昧耶形、仏の姿そのものである尊形の三つの形で表される。大日如来が種子から三昧耶形へ、さらに尊形へと現れてゆくという密教の教えを、そのまま歌の形に詠み込んでいる。
 定家所伝本には初句の「の」がない。

 初句「大日の」は、密教の根本の仏である大日如来のの意である。
 二句「種字より出でて」は、種子から現れ出ての意で、種子は仏を表す梵字である。
 三句「三昧耶形」は、仏の持ち物や印相で仏を象徴的に表した形である。
 四句「三昧耶形また」は、三句の「三昧耶形」を繰り返し、それがまたの意で次の段階へ続けている。
 結句「尊形となる」は、仏の姿そのものとなるの意である。前の神祇の歌々から、ここで釈教の歌に移っている。

しゆじ:仏や菩薩を表す梵字、種子
さまやぎやう:仏の持ち物や印相で仏を象徴する形、三昧耶形
そんぎやう:仏の姿そのもの、尊形
作者
源実朝
出典
金槐和歌集
前の歌
瑞垣の久しき世より木綿襷 かけし心は神ぞ知るらむ
次の歌
塔を組み堂を造るも人嘆き 懺悔にまさる功徳やはある