姫島の小松が末にゐる鶴の
千年経れども年老いずけり
- 歌の意味
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姫島の小松の梢にとまっている鶴は、千年を経ても年老いることがない。
- 鑑賞
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雑歌 652
詞書「祝の心を」
祝いの心を詠んだ歌である。姫島の小松の梢にとまる鶴は、千年を経ても老いることがないと、長寿の象徴である松と鶴を詠み合わせてことほいでいる。
類従本では賀の部に収められている。結句は貞享本、類従本ともに「年老いにけり」とし、貞享本は四句の一字を異にする。ここでは底本の表示に従って「千とせふれども」「年おいずけり」と読む。
初句「姫島の」は、摂津国の姫島のの意である。
二句「小松がうれに」は、小松の梢にの意である。
三句「ゐるたづの」は、とまっている鶴のの意で、本巻の第六百二十一首の三句と同じ句である。次歌の第六百五十三首と第六百五十四首の初句「田鶴のゐる」とも続いている。
四句「千とせふれども」は、千年を経てもの意で、鶴は千年の寿命をもつとされた。
結句「年おいずけり」は、年老いることがないの意である。
うれ:草木の枝や葉の先、梢
たづ:鶴
- 作者
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源実朝
- 出典
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金槐和歌集
- 前の歌
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神と言ひ仏と言ふも世の中の 人の心のほかのものかは
- 次の歌
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田鶴のゐる長柄の浜の浜風に 万代かけて波ぞ寄すなる