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さりともと思ふものから日を経ては
次第次第に弱る悲しさ

歌の意味
それでもまだ大丈夫だと思うものの、日が経つにつれて、だんだんと弱ってゆく悲しさよ。
鑑賞
雑歌 683

詞書は前の歌に続き「相州の土屋といふ所に年九十に余れる朽ち法師あり、おのづから来たり、昔語りなどせしついでに、身の立ち居に堪へずなむなりぬる事を泣く泣く申して出でぬ。時に老といふ事を人々に仰せて仕うまつらせしついでに詠み侍りし」
 それでもまだ大丈夫だと思ってはいるものの、日が経つにつれて少しずつ体が弱ってゆく、その悲しさを詠んだ歌である。「しだいしだいに」という口語的な言葉が、老いの進みを実感をもって伝えている。老法師の身になって詠んだ一連の結びである。
 類従本、定家所伝本では結句の表記を異にする。なお底本の表示は結句の一部が判読しにくく、ここでは「よわる悲しさ」と読む。

 初句「さりともと」は、それでもまだ大丈夫だとの意である。
 二句「思ふものから」は、思うもののの意で、「ものから」は逆接である。
 三句「日を經ては」は、日が経つとの意である。
 四句「しだいしだいに」は、だんだんとの意で、同じ語を重ねて老いの進みを表す。
 結句「よわる悲しさ」は、弱ってゆく悲しさよの意で、体言止めである。前歌の目に見える老いの姿から、日々衰える自覚へと進め、一連を結んでいる。

よわる:体などが弱る
作者
源実朝
出典
金槐和歌集
前の歌
道遠し腰は二重にかがまれり 杖にすがりてここまでも来る
次の歌
世に経れば憂き言の葉の数ごとに 絶えず涙の露ぞ置きける