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いづくにて世をば尽くさむ菅原や
伏見の里も荒れぬと言ふものを

歌の意味
どこで生涯を終えたらよいのだろうか。菅原の伏見の里も荒れてしまったというのに。
鑑賞
雑歌 686

詞書は前の歌に続き「雑の歌の中に」
 どこでこの生涯を終えたらよいのだろうか、隠れ住む地とされた菅原の伏見の里も、今は荒れ果ててしまったというのにと詠んだ歌である。前歌の吉野の奥に続き、身を寄せる場所を見いだせない嘆きを詠んでいる。賀茂真淵はこの歌に評価の印を付けている。
 古今集のよみ人しらずの「いざここに我が世は経なむ菅原や伏見の里の荒れまくも惜し」を本歌としている。

 初句「いづくにて」は、どこでの意である。
 二句「世をばつくさむ」は、生涯を終えようかの意で、「む」は意志である。二句切れである。
 三句「菅原や」は、大和国の菅原よの意で、「や」は詠嘆である。
 四句「伏見の里も」は、菅原の伏見の里もの意である。前歌の「吉野の奥も」と同じ形で、隠れ住む地を挙げている。
 結句「荒れぬといふものを」は、荒れてしまったというのにの意で、「ものを」は逆接の詠嘆である。本歌の「荒れまくも惜し」を受け、すでに荒れてしまったと転じている。

すがはら:大和国の地名、伏見の里がある
作者
源実朝
出典
金槐和歌集
前の歌
嘆きわび世を背くべき方知らず 吉野の奥も住み憂しと言へり
次の歌
春秋は変はりゆけどもわたつみの 中なる島の松ぞ久しき