いつもかく寂しきものか葦の屋に
焚きすさびたる海人の藻塩火
- 歌の意味
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いつもこのように寂しいものなのだろうか。葦葺きの小屋で、海人が気ままに焚いている藻塩火は。
- 鑑賞
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雑歌 696
詞書「浜へ出でたりしに海人の焚く藻塩火を見て詠める」
浜辺に出て、海人が藻塩を焼く火を見て詠んだ歌である。葦葺きの粗末な小屋で、海人がなんとなく焚き続けている藻塩火のさまは、いつもこのように寂しいものなのだろうかと、海辺の暮らしの寂しさを思いやっている。前歌の民のかまどの煙に続き、海人の暮らしに目を向けている。
類従本では詞書の「焚く」「詠める」の語を欠く。なお底本の表示は結句の末尾が判読しにくく、ここでは「海士のもしほ火」と読む。
初句「いつもかく」は、いつもこのようにの意である。
二句「さびしきものか」は、寂しいものなのかの意で、二句切れである。
三句「あしの屋に」は、葦で屋根を葺いた粗末な小屋にの意である。
四句「たきすさびたる」は、気の向くままに焚いているの意である。
結句「海士のもしほ火」は、海人が藻塩を焼く火の意で、体言止めである。前歌の陸の民の煙に対し、海辺の海人の火を詠んでいる。
もしほび:海藻に海水を注いで塩をとるために焚く火、藻塩火
すさぶ:気の向くままにする
- 作者
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源実朝
- 出典
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金槐和歌集
- 前の歌
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陸奥にここにやいづくしほがまの 浦とはなしに煙立つ見ゆ
- 次の歌
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紅の千入のまふり山の端に 日の入る時の空にぞありける