山里は野辺のさわらび萌え出づる
をりにのみこそ人は訪ひけれ
- 歌の意味
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山里は、野辺の早蕨が芽を出す時季にだけ、人が訪ねてくるのだった。
- 鑑賞
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巻第一 春歌 71
ふだんは訪れる人もない山里に、早蕨の芽吹く時季だけは蕨を採りに人が訪れると詠む歌である。山里の寂しさと、春の一時のにぎわいとを対比している。ここから桜を離れ、晩春の景物の歌へと移ってゆく。
作者の「永縁」は藤原永相の子で、興福寺の僧である。権僧正に至り、ほととぎすの歌によって初音の僧正と呼ばれた。
初句「山里は」と主題を示し、人里離れた山中の住まいをいう。
二句「野辺のさわらび」の「さわらび」は芽を出したばかりの蕨である。
三句「萌え出づる」は芽を出すの意である。
四句「をりにのみこそ」の「をり」は時節の意と、蕨を折り取る意とを掛けた掛詞である。係助詞「こそ」が結句の已然形「けれ」と係り結びをなす。
結句「人は訪ひけれ」は人が訪ねてくるのだったの意で、ふだんの山里の寂しさを裏に込めている。
さわらび:芽を出したばかりの蕨
をり:時節の意と、蕨を折り取る意を掛ける
もえいづ:草木が芽を出す
- 作者
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永縁
- 出典
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金葉和歌集
- 前の歌
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散りはてぬ花のありかを知らすれば 厭ひし風ぞ今日はうれしき
- 次の歌
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東路のかほやが沼のかきつばた 春をこめても咲きにけるかな