東路のかほやが沼のかきつばた
春をこめても咲きにけるかな
- 歌の意味
-
東国の道にあるかほやが沼のかきつばたは、春のうちから咲いたことだなあ。
- 鑑賞
-
巻第一 春歌 72
初夏の花であるかきつばたが、東国のかほやが沼ではまだ春のうちから咲いていることに感じ入った歌である。都から遠い東国の歌枕を舞台に、季節に先んじて咲く花をとらえている。
作者の「顕季」は、藤原隆経の子で修理大夫に至った藤原顕季である。母が白河天皇の乳母であったことから院の近臣として重んじられた。和歌の家である六条藤家の祖である。
初句「東路の」の「東路」は東国へ向かう道、また東国のことである。
二句「かほやが沼の」の「かほやが沼」は上野国の歌枕とされる沼で、万葉集の東歌に見える地名である。
三句「かきつばた」は水辺に咲く紫色の花で、本来は初夏の景物である。
四句「春をこめても」は春のうちから、春をも含めての意である。
結句「咲きにけるかな」は咲いたことだなあの意で、完了と詠嘆を重ねている。
あづまぢ:東国へ向かう道、また東国
かほやがぬま:上野国の歌枕とされる沼
かきつばた:水辺に生えるアヤメ科の草。初夏に紫色の花を咲かせる
- 作者
-
藤原顕季
- 出典
-
金葉和歌集
- 前の歌
-
山里は野辺のさわらび萌え出づる をりにのみこそ人は訪ひけれ
- 次の歌
-
あら小田に細谷川をまかすれば 引くしめ縄にもりつつぞ行く