み山出でてまだ里なれぬほととぎす
旅の空なる音をや鳴くらむ
- 歌の意味
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深い山を出てきて、まだ人里になじんでいないほととぎすは、旅の空にあるような心細い声で鳴いているのだろうか。
- 鑑賞
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巻第二 夏歌 104
深い山から出てきたばかりで、まだ人里になれていないほととぎすは、旅の空にいる者のような心細い声で鳴いているのだろうか、と思いやる歌である。初夏に山から里へ下りてくるとされたほととぎすを、旅人になぞらえている。
本歌から第百二十六首まではほととぎすの歌が続く。初音を待ち、尋ね、聞き得た喜びや聞き逃した嘆きなど、ほととぎすをめぐるさまざまな心が詠まれていく。
作者の「顕季」は、藤原隆経の子で修理大夫に至った藤原顕季である。母が白河天皇の乳母であったことから院の近臣として重んじられた。和歌の家である六条藤家の祖である。
初句「み山出でて」は深い山を出ての意で、ほととぎすが山から里へ出てくる時期であることを示す。字余りの句である。
二句「まだ里なれぬ」は人里にまだなじんでいないの意で、「ぬ」は打消の「ず」の連体形である。
三句「ほととぎす」は初夏を代表する鳥で、本巻の中心となる景物である。
四句「旅の空なる」は旅先の空にあるようなの意で、ほととぎすを旅人に見立てている。
結句「音をや鳴くらむ」は声をあげて鳴いているのだろうかの意で、係助詞「や」と現在推量の「らむ」が結び、その心細さを思いやっている。
みやま:奥深い山
さとなる:人里になれ親しむ
- 作者
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藤原顕季
- 出典
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金葉和歌集
- 前の歌
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賤の女が葦火焚く屋も卯の花の 咲きしかかればやつれざりけり
- 次の歌
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今日もまた尋ね暮らしつほととぎす いかで聞くべき初音なるらむ