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ほととぎす姿は水に宿れども
声は映らぬものにぞありける

歌の意味
ほととぎすの姿は水面に映るけれども、その声は水に映らないものであったことだ。
鑑賞
巻第二 夏歌 106

 空を飛ぶほととぎすの姿は水面に映るが、その声は水には映らないものだと気づいた歌である。姿と声とを対比し、水に映った姿を見ながら声の名残を惜しむ心を、理知的な発見の形で表している。
 本巻の第百四首から第百二十六首まではほととぎすの歌が続く。初音を待ち、尋ね、聞き得た喜びや聞き逃した嘆きなど、ほととぎすをめぐるさまざまな心が詠まれていく。
 作者の「忠通」は、藤原忠実の子で摂政関白太政大臣に至った藤原忠通である。法性寺関白と呼ばれた。漢詩や書にもすぐれた。

 初句「ほととぎす」と主題を示して詠み起こす。
 二句「姿は水に」は水面に映るほととぎすの姿で、結句の「声は」と対をなす。
 三句「宿れども」の「宿る」は映る意で、姿は映るけれどもと逆接で下の句へつなぐ。
 四句「声は映らぬ」は声は水に映らないの意で、二句の「姿は」と対比している。
 結句「ものにぞありける」は係助詞「ぞ」を受けて連体形「ける」で結ぶ係り結びで、気づきの詠嘆を表す。字余りの句である。本巻の第百九首も同じ結句「ものにぞありける」で結ばれている。

やどる:水面などに映る
作者
藤原忠通
出典
金葉和歌集
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今日もまた尋ね暮らしつほととぎす いかで聞くべき初音なるらむ
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