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聞くたびにめづらしければほととぎす
いつも初音の心地こそすれ

歌の意味
聞くたびに新鮮で心ひかれるので、ほととぎすの声は、いつも初音を聞くような気持ちがすることだ。
鑑賞
巻第二 夏歌 113

 ほととぎすの声は聞くたびに新鮮に感じられるので、いつ聞いても初音のような気がする、と詠む歌である。ほととぎすを愛する心が、何度聞いても飽きない新鮮さとして素直に表されている。
 作者の永縁は、この歌によって初音の僧正と呼ばれたと伝えられ、作者を代表する一首である。
 本巻の第百四首から第百二十六首まではほととぎすの歌が続く。初音を待ち、尋ね、聞き得た喜びや聞き逃した嘆きなど、ほととぎすをめぐるさまざまな心が詠まれていく。
 作者の「永縁」は藤原永相の子で、興福寺の僧である。権僧正に至った。

 初句「聞くたびに」は聞くごとにの意で、一回ごとの新鮮さを示す。本巻の第百九首の「年ごとに」が年の尺度で詠むのに対し、本歌は一回ごとの尺度で同じ思いを詠んでいる。
 二句「めづらしければ」の「めづらし」は新鮮で心ひかれるの意で、已然形に「ば」が付いた確定条件である。本巻の第九十五首の「めづらしきかな」と同じ語である。
 三句「ほととぎす」は主題の鳥を示す。
 四句「いつも初音の」は、いつでもその年初めて聞く声のようにの意である。本巻の第百五首が初音を聞けない嘆きを詠むのと対照的である。
 結句「心地こそすれ」は係助詞「こそ」を受けて已然形「すれ」で結ぶ係り結びで、そう感じられることを強調している。

はつね:その年最初に聞く鳴き声
作者
永縁
出典
金葉和歌集
前の歌
ほととぎす飽かで過ぎぬる声により 跡なき空を眺めつるかな
次の歌
待ちかねて尋ねざりせばほととぎす 誰とか山のかひに鳴かまし