ほととぎす雲路にまどふ声すなり
小止みだにせよ五月雨の空
- 歌の意味
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ほととぎすが雲の中の道に迷っているような声がする。せめて小降りにでもなってくれ、五月雨の空よ。
- 鑑賞
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巻第二 夏歌 126
五月雨の降る空で、ほととぎすが雲の道に迷っているような声がするので、せめて雨が少しでも止んでほしいと空に呼びかける歌である。雨に迷うほととぎすを思いやる心を、五月雨の空への命令の形で表している。
本歌でほととぎすの一連は終わる。結句の「五月雨の空」によって、次のあやめ草、さらに五月雨の歌群へと季節の景物を移している。
作者の「経信」は、源道方の子で大納言に至った源経信である。桂大納言と呼ばれた。晩年は大宰権帥として任地で没した。撰者源俊頼の父である。
初句「ほととぎす」と主題を示して詠み起こす。
二句「雲路にまどふ」の「雲路」は雲の中の道で、鳥の通う空の道をいう。雨雲の中で道に迷っているさまである。
三句「声すなり」の「なり」は音声による推定の助動詞で、そのような声が聞こえるの意である。ここで句切れとなる三句切れの歌である。
四句「小止みだにせよ」の「小止み」は雨がしばらく止むことで、「だに」は最小限の願望を表す副助詞である。せめて小止みにでもなれと命じている。
結句「五月雨の空」は呼びかけの対象で、体言止めで結んでいる。ほととぎすの歌群から五月雨の景へと移る結びの句である。
くもぢ:雲の中の道。鳥などが通う空の道
をやみ:雨などがしばらく止むこと
さみだれ:陰暦五月ごろに降り続く長雨
- 作者
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源経信
- 出典
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金葉和歌集
- 前の歌
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ほととぎす尋ぬるだにもあるものを 待つ人いかで声を聞くらむ
- 次の歌
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あやめ草ねたくも君が訪はぬかな 今日は心にかかれと思ふに