あやめ草淀野に生ふるものなれば
ねながら人は引くにやあるらむ
- 歌の意味
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あやめ草は淀野に生えるものなので、人は根をつけたまま、まるで寝ながらのように引くのだろうか。
- 鑑賞
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巻第二 夏歌 132
あやめ草は淀野に生えるものだから、人は根をつけたまま、寝ながら引くのだろうか、と戯れる歌である。地名の淀野の「淀む」を怠惰に結びつけ、「根」と「寝」を掛けた機知の歌である。
本巻の第百二十七首から第百三十四首までは、五月五日の端午の節句に軒に葺いたり、根の長さを競ったりしたあやめ草の歌が続く。
作者の「公実」は、藤原実季の子で権大納言に至った藤原公実である。春宮大夫を兼ねた。堀河天皇の時代の歌壇で活躍した歌人である。
初句「あやめ草」と主題を示して詠み起こす。
二句「淀野に生ふる」の「淀野」は山城の淀の野で、あやめ草の生える湿地として知られた。「淀」は水のよどむ意を響かせている。
三句「ものなれば」は生えるものであるのでの意で、下の句の理由を示す。
四句「ねながら人は」の「ね」は、あやめ草の「根」と、「寝」とを掛けた掛詞である。根をつけたままの意と、寝たままの意とを兼ねている。
結句「引くにやあるらむ」は係助詞「や」と現在推量の「らむ」が結び、引くのであろうかと推し量っている。
よどの:山城の歌枕、淀の野
ね:あやめ草の「根」と、「寝」を掛ける
- 作者
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藤原公実
- 出典
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金葉和歌集
- 前の歌
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あやめ草我が身の憂きを引きかへて なべてならぬに生ひも出でなむ
- 次の歌
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同じくは整へて葺けあやめ草 さみだれたらば漏りもこそすれ