五月雨は小田の水口手もかけで
水の心にまかせてぞ見る
- 歌の意味
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五月雨のころは、田の水口に手を加えることもせず、水の流れるままにまかせて見ていることだ。
- 鑑賞
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巻第二 夏歌 139
五月雨のころは水が豊かにあるので、田に水を引き入れる水口にも手を加えず、水の流れるままにまかせて見ている、と詠む歌である。ふだんは水の管理に心を砕く農夫のゆとりを、水に心があるかのように詠んでいる。
本巻の第百三十五首から第百四十首までは五月雨の歌が続き、降り続く長雨によって水かさが増し、景色が水に沈んでいくさまが詠まれていく。
初句「五月雨は」は五月雨のころはの意で、時期を示す。
二句「小田の水口」は田に水を引き入れる口で、「小」は語調を整える接頭語である。
三句「手もかけで」の「で」は打消の接続助詞で、手を加えることもしないでの意となる。
四句「水の心に」は水の思うままにの意で、水を擬人化している。
結句「まかせてぞ見る」は係助詞「ぞ」を受けて連体形「見る」で結ぶ係り結びで、まかせて見ていることを強調している。
をだ:田
みなくち:田に水を引き入れる口
- 出典
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金葉和歌集
- 前の歌
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五月雨に水まさるらし沢田川 槙の継橋浮きぬばかりに
- 次の歌
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五月雨に入江の橋の浮きぬれば 下ろす筏の心地こそすれ