- 歌の意味
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どの家にも花橘が香っているようだ。風はたった一本の木の梢を吹いているだけなのに。
- 鑑賞
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巻第二 夏歌 149
風はただ一本の橘の梢を吹いているだけなのに、その香りが広がって、どの家にも花橘が咲いて香っているように感じられる、と詠む歌である。一本の木の香りが里じゅうに満ちるさまを、風の働きによってとらえている。
前歌の第百四十八首も花橘の香りを詠み、二首で花橘の歌をなしている。前歌が香りによって一つのありかを知るのに対し、本歌は一本の木の香りが家ごとに広がるとして、対照をなしている。
作者の「公実」は、藤原実季の子で権大納言に至った藤原公実である。春宮大夫を兼ねた。堀河天皇の時代の歌壇で活躍した歌人である。
初句「宿ごとに」はどの家にもの意である。本巻の第百四十二首の「里ごとに」と同じく、あちこちに及ぶさまを詠んでいる。
二句「花橘ぞ」は係助詞「ぞ」が三句の連体形「なる」と係り結びをなしている。
三句「にほふなる」の「なる」は推定の助動詞「なり」の連体形で、香っているらしいの意である。ここで句切れとなる三句切れの歌で、下の句は倒置となっている。
四句「一木が末を」は一本の木の梢をの意で、初句の「宿ごとに」と対比されている。
結句「風は吹けども」は風は吹いているけれどもの意の逆接で、一本の木の香りが風に運ばれて広がるさまを示している。
すゑ:梢、木の先
にほふ:香る
- 作者
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藤原公実
- 出典
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金葉和歌集
- 前の歌
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五月闇花橘のありかをば 風のつてにぞ空に知りける
- 次の歌
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この里も夕立しけり浅茅生に 露のすがらぬ草の葉もなし