この里も夕立しけり浅茅生に
露のすがらぬ草の葉もなし
- 歌の意味
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この里にも夕立が降ったのだなあ。浅茅の生えた所には、露がとりついていない草の葉は一枚もない。
- 鑑賞
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巻第二 夏歌 150
浅茅の生えた野のどの草の葉にも露が置いているのを見て、この里にも夕立が降ったのだと知る歌である。夕立の後の、露に濡れた草の葉の清々しさが描かれている。
夕立を正面から詠むのではなく、通り過ぎた後の露によってその跡を知るという視点に新しさがある。
作者の「俊頼」は、源経信の子の源俊頼である。白河院の命により本集金葉和歌集を撰んだ。革新的な歌風で知られる。
初句「この里も」の「も」は、ほかの所と同じくこの里にもの意で、夕立が広く降ったことを示している。
二句「夕立しけり」は夕立が降ったのだなあの意で、詠嘆の「けり」で今気づいた感慨を表す。ここで句切れとなる二句切れの歌である。
三句「浅茅生に」の「浅茅生」は丈の低い茅が生えている所である。
四句「露のすがらぬ」の「すがる」はとりつく、とどまるの意で、露がとりついていないの意となる。
結句「草の葉もなし」は草の葉は一枚もないの意で、四句の打消と合わせて、どの葉にも露が置いていることを強調している。
あさぢふ:丈の低い茅が生えている所
すがる:とりつく、とどまる
ゆふだち:夏の夕方に降る激しいにわか雨
- 作者
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源俊頼
- 出典
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金葉和歌集
- 前の歌
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宿ごとに花橘ぞにほふなる 一木が末を風は吹けども
- 次の歌
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大井川幾瀬鵜舟の過ぎぬらむ ほのかになりぬ篝火の影