夏の夜の月待つほどの手すさびに
岩もる清水いく結びしつ
- 歌の意味
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夏の夜、月の出を待つ間の手なぐさみに、岩の間から漏れ出る清水を、幾度手ですくったことだろうか。
- 鑑賞
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巻第二 夏歌 154
夏の夜、月の出を待つ間の手持ちぶさたに、岩から漏れ出る清水を幾度も手ですくって過ごした、と詠む歌である。月を待つ時間の長さと、清水の涼しさとが、手ですくう動作を通して描かれている。
月を待つ夜の時間を、清水をすくう回数によって表す点に工夫がある。本巻の第百五十二首が月の出てからすぐ明ける夏の夜の短さを詠むのに対し、本歌は月の出を待つ間の時間を詠んでいる。
作者の「基俊」は、右大臣藤原俊家の子で従五位上左衛門佐にとどまった藤原基俊である。藤原俊成の師として知られ、源俊頼と並ぶ当代歌壇の重鎮で、小倉百人一首にも歌が入っている。
初句「夏の夜の」は季節と時刻を示している。
二句「月待つほどの」は月の出を待つ間のの意である。
三句「手すさびに」は手なぐさみにの意で、手持ちぶさたを紛らわすことをいう。
四句「岩もる清水」は岩の間から漏れ出る清水で、夏の涼しさを感じさせる景物である。
結句「いく結びしつ」の「結ぶ」は手のひらで水をすくう意で、幾度すくったことかの意となる。「つ」は完了の助動詞である。
てすさび:手なぐさみ、手持ちぶさたを紛らわすこと
しみづ:清らかな湧き水
むすぶ:手のひらで水をすくう
- 作者
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藤原基俊
- 出典
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金葉和歌集
- 前の歌
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水無月の照る日の影はさしながら 風のみ秋の気色なるかな
- 次の歌
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禊する水際に風の涼しきは 一夜をこめて秋や来ぬらむ