とことはに吹く夕暮の風なれど
秋立つ日こそ涼しかりけれ
- 歌の意味
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いつも変わらず吹いている夕暮の風であるけれども、秋の立つ今日という日こそは涼しく感じられることだ。
- 鑑賞
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巻第三 秋歌 156
夕暮に吹く風はいつも変わらないはずなのに、立秋の日に吹く風だけは格別に涼しく感じられる、と詠む歌である。暦の上で秋に入ったという意識が、同じ風を秋の風として感じさせる心の動きをとらえている。
本歌は巻第三秋歌の巻頭歌である。巻第二の巻末の第百五十五首が、夏越の禊の水際の風に一夜のうちに秋が来たかと推し量って夏の巻を閉じたのを受け、秋の立つ日の風の涼しさで秋の巻を始めている。また巻末の第二百五十六首も同じ作者の歌で、秋の始まりと終わりを公実の歌が結んでいる。
作者の「公実」は、藤原実季の子で権大納言に至った藤原公実である。春宮大夫を兼ねた。堀河天皇の時代の歌壇で活躍した歌人である。
初句「とことはに」はいつも、永久にの意で、変わらずに吹く風であることを示している。
二句「吹く夕暮の」は夕暮に吹くの意で、一日のうちでも涼しさを感じやすい時刻を選んでいる。
三句「風なれど」は風であるけれどもの意の逆接で、下の句の立秋の日の特別さへと転じている。
四句「秋立つ日こそ」は立秋の日こそはの意で、係助詞「こそ」が結句の已然形「けれ」と係り結びをなす。巻第二の第百五十五首の「秋や来ぬらむ」が推し量った秋の訪れを、ここでは暦の上の事実として受けている。
結句「涼しかりけれ」は涼しく感じられることだの意で、詠嘆の「けり」によって、今日になって初めて気づいた涼しさを表している。
とことは:いつも、永久に
あきたつ:暦の上で秋になる、立秋を迎える
- 作者
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藤原公実
- 出典
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金葉和歌集
- 前の歌
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禊する水際に風の涼しきは 一夜をこめて秋や来ぬらむ
- 次の歌
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真葛はふあだの大野の白露を 吹きな乱りそ秋の初風