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山の端に飽かで入りぬる夕月夜
いつ有明にならむとすらむ

歌の意味
見飽きないうちに山の端に沈んでしまった夕月夜よ。いつになったら有明の月となって、夜明けまで長く見られるようになるのだろうか。
鑑賞
巻第三 秋歌 174

 夕方に出る月は見飽きないうちに山の端に沈んでしまうので、いつになったら夜明けまで空に残る有明の月になるのだろうか、と待ち遠しく思う歌である。月の出入りの時刻が日ごとに変わることを踏まえ、月を長く見ていたい心を詠んでいる。
 本歌から長い月の歌群が始まる。次歌の第百七十五首も結句を「夕月夜」とする歌で、二首は夕月夜の歌として並んでいる。
 本巻の第百七十四首から第二百十七首までは月の歌が長く続き、夕月夜から八月十五夜の名月、有明の月まで、さまざまな月のありさまと月を見る心が詠まれていく。

 初句「山の端に」は山の稜線にの意で、月の沈む所を示している。
 二句「飽かで入りぬる」の「で」は打消の接続助詞で、見飽きないうちに沈んでしまったの意となる。
 三句「夕月夜」は夕方に出て宵のうちに沈む月で、陰暦の月の初めのころの月である。ここで句切れとなる三句切れの歌である。
 四句「いつ有明に」は、いつ有明の月にの意で、夜が明けても空に残る月をいう。本巻の第二百十三首、第二百十四首などでは、その有明の月が詠まれている。
 結句「ならむとすらむ」は、なろうとするのだろうかの意で、「らむ」は現在推量の助動詞である。

やまのは:山の稜線
ゆふづくよ:夕方に出て宵のうちに沈む月
ありあけ:夜が明けても空に月が残っていること
出典
金葉和歌集
前の歌
夕されば門田の稲葉おとづれて 葦のまろやに秋風ぞ吹く
次の歌
風吹けば枝安からぬ木の間より ほのめく秋の夕月夜かな