もろともに草葉の露のおきゐずは
ひとりや見まし秋の夜の月
- 歌の意味
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草葉の露が一緒に起きていてくれなかったならば、私はひとりで秋の夜の月を見ることになっただろうか。
- 鑑賞
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巻第三 秋歌 177
夜更けまで起きて月を見ていると、草葉に置く露が一緒に起きていてくれるので、ひとりきりで月を見ずにすむ、と詠む歌である。露を月見の友とすることで、秋の夜の寂しさと、それを分かち合うものへの親しみを表している。
前歌の第百七十六首が月だけを友としたのに対し、本歌は露を月見の友としている。
本巻の第百七十四首から第二百十七首までは月の歌が長く続き、夕月夜から八月十五夜の名月、有明の月まで、さまざまな月のありさまと月を見る心が詠まれていく。
初句「もろともに」は一緒にの意で、露とともにの意を示している。
二句「草葉の露の」は草の葉に置く露ので、三句の「おき」を導いている。
三句「おきゐずは」の「おき」は、露が「置き」の意と、人が「起き」ている意とを掛けた掛詞である。「ずは」は打消の仮定で、四句の「まし」と呼応する反実仮想である。
四句「ひとりや見まし」は、ひとりで見ることになっただろうかの意で、係助詞「や」と反実仮想の「まし」が結んでいる。
結句「秋の夜の月」は体言止めで、見る対象を最後に示している。本巻の第百八十八首、第二百首、第二百九首も同じ結句で結ばれている。
おきゐる:露が「置き」の意と、人が「起き居る」意を掛ける
- 出典
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金葉和歌集
- 前の歌
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草枕この旅寝にぞ思ひ知る 月よりほかの友なかりけり
- 次の歌
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偽りになりぞしぬべき月影を この見るばかり人に語らば