我こそは明石の瀬戸に旅寝せめ
同じ水にも宿る月かな
- 歌の意味
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旅の身である私こそは明石の瀬戸で旅寝もしよう。それなのに、同じ水にも月が宿っていることだ。
- 鑑賞
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巻第三 秋歌 179
旅の途中にある自分が明石の瀬戸で旅寝をするのは当然だが、月までが同じ海の水に映って宿っている、と詠む歌である。水に映る月を、自分と同じように旅寝をする者に見立て、旅の孤独の中に月への親しみを見出している。
本巻の第百七十六首と同じく旅寝の月を詠み、月を旅の伴とする心が通じている。明石は月の名所として知られ、本巻の第二百八首、第二百十六首にも詠まれている。
本巻の第百七十四首から第二百十七首までは月の歌が長く続き、夕月夜から八月十五夜の名月、有明の月まで、さまざまな月のありさまと月を見る心が詠まれていく。
作者の「公実」は、藤原実季の子で権大納言に至った藤原公実である。春宮大夫を兼ねた。堀河天皇の時代の歌壇で活躍した歌人である。
初句「我こそは」は私こそはの意で、係助詞「こそ」が二句以下の已然形「め」と係り結びをなす。
二句「明石の瀬戸に」の「明石の瀬戸」は播磨の明石の海峡で、月の名所として知られる歌枕である。
三句「旅寝せめ」は旅寝をしようの意で、「め」は意志の助動詞「む」の已然形である。ここで句切れとなる三句切れの歌である。
四句「同じ水にも」は自分が旅寝する同じ海の水にもの意で、月も同じ所に宿ることを示している。
結句「宿る月かな」の「宿る」は水に映る意と、旅の宿を取る意とを重ねている。終助詞「かな」で詠嘆している。
せと:幅の狭い海峡
やどる:水面に映る。宿を取る意も重ねる
- 作者
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藤原公実
- 出典
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金葉和歌集
- 前の歌
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偽りになりぞしぬべき月影を この見るばかり人に語らば
- 次の歌
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池水に今宵の月を映しもて 心のままに我がものと見る