池水に今宵の月を映しもて
心のままに我がものと見る
- 歌の意味
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池の水に今夜の月を映し取って、思いのままに自分のものとして眺めることだ。
- 鑑賞
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巻第三 秋歌 180
池の水面に今夜の名月を映し取って、心ゆくまで自分のものとして眺める、と詠む歌である。手の届かない空の月を、自邸の池に映すことで我が物とするという、帝王らしいおおらかさのある歌である。
「今宵の月」は本巻の第百八十二首、第百八十五首などにも詠まれ、八月十五夜の名月を詠む歌が続いている。結句の「心のままに」は本巻の第百九十九首の四句と同じ句である。
本巻の第百七十四首から第二百十七首までは月の歌が長く続き、夕月夜から八月十五夜の名月、有明の月まで、さまざまな月のありさまと月を見る心が詠まれていく。
作者の「白河院」は第七十二代の白河天皇である。後三条天皇の第一皇子で、譲位の後も上皇として院政を行い、源俊頼に本集の撰進を命じた。
初句「池水に」は庭の池の水にの意である。
二句「今宵の月を」の「今宵の月」は今夜の月で、八月十五夜の名月を指すと見られる。
三句「映しもて」は映し持っての意で、月を水に映して手もとにとどめることをいう。
四句「心のままに」は思いのままにの意で、本巻の第百九十九首にも同じ句がある。
結句「我がものと見る」は自分のものとして見るの意で、空の月を自分のものとする喜びを表している。
いけみづ:池の水
- 作者
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白河院
- 出典
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金葉和歌集
- 前の歌
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我こそは明石の瀬戸に旅寝せめ 同じ水にも宿る月かな
- 次の歌
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照る月の岩間の水に宿らずは 玉ゐる数をいかで知らまし