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照る月の岩間の水に宿らずは
玉ゐる数をいかで知らまし

歌の意味
照る月が岩間の水に映っていなかったならば、水しぶきの玉がいくつ置いているのかを、どうして知ることができただろうか。
鑑賞
巻第三 秋歌 181

 岩の間を流れる水に照る月が映っているからこそ、飛び散る水しぶきの玉の数まで見えるのだ、と詠む歌である。月の光によって細かな水の玉がきらめくさまを、反実仮想の形でとらえている。
 初句の「照る月の」は本巻の第百九十三首の初句と同じである。
 本巻の第百七十四首から第二百十七首までは月の歌が長く続き、夕月夜から八月十五夜の名月、有明の月まで、さまざまな月のありさまと月を見る心が詠まれていく。
 作者の「経信」は、源道方の子で大納言に至った源経信である。桂大納言と呼ばれた。晩年は大宰権帥として任地で没した。撰者源俊頼の父である。

 初句「照る月の」は明るく照る月がの意である。本巻の第百九十三首も同じ初句で始まる。
 二句「岩間の水に」は岩の間を流れる水にの意である。
 三句「宿らずは」は映っていなかったならばの意で、「ずは」は打消の仮定を表し、結句の「まし」と呼応する反実仮想である。
 四句「玉ゐる数を」の「玉」は水しぶきや水滴を玉に見立てた語で、「ゐる」は置かれている意である。
 結句「いかで知らまし」は、どうして知ることができただろうかの意で、反実仮想の「まし」で結んでいる。

いはま:岩と岩の間
たま:水しぶきや水滴を玉に見立てた語
作者
源経信
出典
金葉和歌集
前の歌
池水に今宵の月を映しもて 心のままに我がものと見る
次の歌
いづくにも今宵の月を見る人の 心や同じ空にすむらむ