いづくにも今宵の月を見る人の
心や同じ空にすむらむ
- 歌の意味
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どこにいても今夜の月を見ている人の心は、同じように澄んで、同じ空に住んでいるのだろうか。
- 鑑賞
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巻第三 秋歌 182
どこにいる人であっても、今夜の名月を見ている人の心は、月と同じように澄んで、同じ空に住んでいるのだろうか、と詠む歌である。離れた場所で同じ月を見る人々の心が、月を通して一つにつながるという思いを表している。
本巻の第百八十首と同じく「今宵の月」を詠んでいる。
本巻の第百七十四首から第二百十七首までは月の歌が長く続き、夕月夜から八月十五夜の名月、有明の月まで、さまざまな月のありさまと月を見る心が詠まれていく。
初句「いづくにも」はどこにいてもの意である。
二句「今宵の月を」は今夜の月をの意で、八月十五夜の名月を指すと見られる。
三句「見る人の」は見ている人のの意である。
四句「心や同じ」は心が同じようにの意で、係助詞「や」が結句の「らむ」と係り結びをなす。
結句「空にすむらむ」の「すむ」は、心が「澄む」意と、空に「住む」意とを掛けた掛詞である。「らむ」は現在推量の助動詞である。
すむ:心や月が「澄む」意と、「住む」意を掛ける
- 出典
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金葉和歌集
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照る月の岩間の水に宿らずは 玉ゐる数をいかで知らまし
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引く駒の数よりほかに見えつるは 関の清水の影にぞありける