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引く駒の数よりほかに見えつるは
関の清水の影にぞありける

歌の意味
引いて行く駒の数よりも多く見えたのは、関の清水に映った駒の姿であったことだ。
鑑賞
巻第三 秋歌 183

 駒迎えで逢坂の関を引かれて行く馬が、実際の数より多く見えたのは、関の清水に馬の姿が映っていたからだった、と詠む歌である。月の明るい夜、水に映る馬の影まで見えるという趣向で、駒迎えの情景を描いている。
 駒迎えは、八月に諸国の牧から献上される馬を、逢坂の関まで迎えに出る行事である。拾遺和歌集の紀貫之の、逢坂の関の清水に影が映って今ごろ望月の駒を引いているだろうという歌を踏まえ、関の清水に映る駒の影を詠んでいる。次歌の第百八十四首も駒迎えを詠み、二首は対をなしている。
 本巻の第百七十四首から第二百十七首までは月の歌が長く続き、夕月夜から八月十五夜の名月、有明の月まで、さまざまな月のありさまと月を見る心が詠まれていく。

 初句「引く駒の」は引かれて行く馬のの意で、駒迎えの馬をいう。
 二句「数よりほかに」は実際の数よりほかにの意で、数が多く見えたことを示している。
 三句「見えつるは」は見えたのはの意で、「つる」は完了の助動詞「つ」の連体形である。
 四句「関の清水の」は逢坂の関の清水で、駒迎えの歌によく詠まれる歌枕である。
 結句「影にぞありける」の「影」は水に映った姿で、係助詞「ぞ」を受けて連体形「ける」で結ぶ係り結びである。字余りの句である。

こまむかへ:諸国から献上される馬を逢坂の関で迎える行事
しみづ:清らかな湧き水
かげ:水に映った姿
出典
金葉和歌集
前の歌
いづくにも今宵の月を見る人の 心や同じ空にすむらむ
次の歌
東路をはるかに出づるもちづきの 駒に今宵やあふさかの関