- 歌の意味
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今夜私は、桂の里で月を見て、思い残すことは何もないことだ。
- 鑑賞
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巻第三 秋歌 191
今夜、桂の里で名月を眺めて、もう思い残すことは何もない、と満ち足りた心を詠む歌である。月には桂の木が生えているという伝説があり、その名をもつ桂の里で月を見る喜びを表している。
作者は桂の地に住み、桂大納言と呼ばれた。自らの住む里の名と月の桂とを結びつけて、その地で見る月の格別さを詠んでいる。
本巻の第百七十四首から第二百十七首までは月の歌が長く続き、夕月夜から八月十五夜の名月、有明の月まで、さまざまな月のありさまと月を見る心が詠まれていく。
作者の「経信」は、源道方の子で大納言に至った源経信である。桂大納言と呼ばれた。晩年は大宰権帥として任地で没した。撰者源俊頼の父である。
初句「今宵我」は今夜私はの意で、月を見る自分自身を示している。
二句「桂の里の」は山城の桂の地で、月に生えるという桂の木を思わせる地名である。
三句「月を見て」は月を眺めての意である。
四句「思ひ残せる」は思い残しているの意で、「る」は存続の助動詞「り」の連体形である。
結句「ことのなきかな」は何もないことだの意で、終助詞「かな」で満ち足りた心を詠嘆している。
かつら:山城の地名。月には桂の木が生えているという伝説がある
- 作者
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源経信
- 出典
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金葉和歌集
- 前の歌
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いかにしてしがらみかけむ天の川 流るる月やしばしよどむと
- 次の歌
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曇りなき影をとどめば山の端に 入るとも月を惜しまざらまし