曇りなき影をとどめば山の端に
入るとも月を惜しまざらまし
- 歌の意味
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曇りのない月の光をここにとどめておけるならば、山の端に沈んだとしても、月を惜しむことはないだろうに。
- 鑑賞
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巻第三 秋歌 192
曇りのない月の光をとどめておけるのなら、月が山の端に沈んでも惜しまないだろうに、と詠む歌である。実際には光をとどめることはできないので、沈む月を惜しまずにはいられないという心を、反実仮想の形で表している。
本巻の第百九十首が柵によって月をとどめたいと願ったのと同じく、沈みゆく月を惜しむ心を詠んでいる。
本巻の第百七十四首から第二百十七首までは月の歌が長く続き、夕月夜から八月十五夜の名月、有明の月まで、さまざまな月のありさまと月を見る心が詠まれていく。
作者の「公実」は、藤原実季の子で権大納言に至った藤原公実である。春宮大夫を兼ねた。堀河天皇の時代の歌壇で活躍した歌人である。
初句「曇りなき」は曇りのないの意で、澄んだ月の光をいう。
二句「影をとどめば」の「影」は月の光で、とどめることができるならばの意の仮定である。結句の「まし」と呼応している。
三句「山の端に」は山の稜線にの意で、月の沈む所を示している。
四句「入るとも月を」は沈んだとしても月をの意で、「とも」は逆接の仮定を表す。
結句「惜しまざらまし」は惜しまないだろうにの意で、反実仮想の「まし」で結ぶ。実際には惜しまずにいられない心を含んでいる。
かげ:光
とどむ:その場にとどめておく
- 作者
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藤原公実
- 出典
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金葉和歌集
- 前の歌
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今宵我桂の里の月を見て 思ひ残せることのなきかな
- 次の歌
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照る月の光さえゆく宿なれば 秋の水にも氷ゐにけり