- 歌の意味
-
照る月の光が冷たく冴えていく家なので、まだ秋の水にも氷が張ったように見えることだ。
- 鑑賞
-
巻第三 秋歌 193
照る月の光が冷たく冴えわたる家なので、まだ秋だというのに庭の水に氷が張ったように見える、と詠む歌である。水面に映る月光の白く冷たい輝きを氷に見立て、秋の夜の冷えびえとした美しさを描いている。
初句の「照る月の」は本巻の第百八十一首の初句と同じである。月光を氷に見立てる趣向は、本巻の第二百四首にも見られる。
本巻の第百七十四首から第二百十七首までは月の歌が長く続き、夕月夜から八月十五夜の名月、有明の月まで、さまざまな月のありさまと月を見る心が詠まれていく。
初句「照る月の」は明るく照る月のの意で、本巻の第百八十一首と同じ初句である。
二句「光さえゆく」の「さゆ」は冷たく冴える意で、月の光が冷えびえと澄んでいくさまをいう。
三句「宿なれば」は家であるのでの意の確定条件である。
四句「秋の水にも」は秋の水にもの意で、「も」によって、冬でもないのにという含みを示している。
結句「氷ゐにけり」は氷が張ったことだの意で、月光を氷に見立てている。完了の「ぬ」と詠嘆の「けり」で結んでいる。
さゆ:冷たく冴える、冷えて澄む
- 出典
-
金葉和歌集
- 前の歌
-
曇りなき影をとどめば山の端に 入るとも月を惜しまざらまし
- 次の歌
-
山の端に雲の衣を脱ぎ捨てて ひとりも月のたちのぼるかな