鏡山峰より出づる月なれば
曇る夜もなき影をこそ見れ
- 歌の意味
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鏡山の峰から出る月なので、曇る夜もない澄んだ光を見ることだ。
- 鑑賞
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巻第三 秋歌 196
鏡山の峰から出る月なので、鏡が曇らないように、曇る夜もない澄んだ光を見せてくれる、と詠む歌である。山の名の「鏡」に月の曇りない輝きを結びつけた機知の歌である。
本巻の第二百四首も「峰より出づる」月を詠み、山の名にちなんで月を詠む点で共通している。本巻の第二百五首では、月そのものが曇りのない鏡に見立てられている。
本巻の第百七十四首から第二百十七首までは月の歌が長く続き、夕月夜から八月十五夜の名月、有明の月まで、さまざまな月のありさまと月を見る心が詠まれていく。
作者の「祐子内親王家紀伊」は、後朱雀天皇の皇女祐子内親王に仕えた女房で、紀伊と呼ばれた。堀河百首の作者の一人で、小倉百人一首にも歌が入っている。
初句「鏡山」は近江の歌枕で、その名の「鏡」が四句の「曇る」と縁語の関係にある。
二句「峰より出づる」は峰から出るの意で、本巻の第二百四首の二句と同じ句である。
三句「月なれば」は月であるのでの意の確定条件である。
四句「曇る夜もなき」は曇る夜もないの意で、鏡が曇らないことに通わせている。
結句「影をこそ見れ」は係助詞「こそ」を受けて已然形「見れ」で結ぶ係り結びで、澄んだ光を見ることを強調している。
かがみやま:近江の歌枕
かげ:光
- 作者
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祐子内親王家紀伊
- 出典
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金葉和歌集
- 前の歌
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葦根はひかつみも茂き沼水に わりなく宿る夜半の月かな
- 次の歌
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いにしへの難波のことを思ひ出でて 高津の宮に月のすむらむ