いにしへの難波のことを思ひ出でて
高津の宮に月のすむらむ
- 歌の意味
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昔の難波の都のことを思い出して、高津の宮の跡に月が澄んで住んでいるのだろう。
- 鑑賞
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巻第三 秋歌 197
昔栄えた難波の都のことを思い出して、高津の宮の跡に月が澄みわたり、住みついているのだろう、と詠む歌である。仁徳天皇の都であった高津の宮の跡に照る月に、懐古の情を寄せている。
本巻の第百七十四首から第二百十七首までは月の歌が長く続き、夕月夜から八月十五夜の名月、有明の月まで、さまざまな月のありさまと月を見る心が詠まれていく。
作者の「師頼」は、左大臣源俊房の子で正二位大納言に至った源師頼である。小野宮大納言と号した。百首歌をたちまちに詠んだという速詠の逸話が伝わる。
初句「いにしへの」は昔のの意で、懐古の情を示している。
二句「難波のことを」は難波の都のことをの意で、仁徳天皇の都であった昔の難波をいう。
三句「思ひ出でて」は思い出しての意で、月を人のように描いている。字余りの句である。
四句「高津の宮に」の「高津の宮」は難波にあった仁徳天皇の宮である。
結句「月のすむらむ」の「すむ」は、月が「澄む」意と、宮の跡に「住む」意とを掛けた掛詞である。「らむ」は現在推量の助動詞である。
たかつのみや:難波にあった仁徳天皇の宮
すむ:月が「澄む」意と、「住む」意を掛ける
- 作者
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源師頼
- 出典
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金葉和歌集
- 前の歌
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鏡山峰より出づる月なれば 曇る夜もなき影をこそ見れ
- 次の歌
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菊の上に露なかりせばいかにして 今宵の月を夜と知らまし