もろともにいつとはなしにありあけの
月のみ送る山路をぞ行く
- 歌の意味
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いつのまにか一緒にいてくれる有明の月だけが見送ってくれる山路を、私は行くことだ。
- 鑑賞
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巻第三 秋歌 213
夜明け前の山道を行くと、いつのまにか連れ立つように空にある有明の月だけが見送ってくれる、と詠む歌である。人の見送りもない寂しい山路で、月を唯一の伴とする心を表している。
本歌から本巻の第二百十六首までは有明の月を詠む歌が続き、月の歌群の終わりに夜明けの月が置かれている。
本巻の第百七十四首から第二百十七首までは月の歌が長く続き、夕月夜から八月十五夜の名月、有明の月まで、さまざまな月のありさまと月を見る心が詠まれていく。
作者の「永縁」は藤原永相の子で、興福寺の僧である。権僧正に至り、ほととぎすの歌によって初音の僧正と呼ばれた。
初句「もろともに」は一緒にの意で、月とともに行くことを示している。
二句「いつとはなしに」はいつのまにかの意で、三句の「あり」へとつながっている。
三句「ありあけの」の「あり」は、いつのまにか一緒に「あり」の意と、「有明」とを掛けた掛詞である。本巻の第二百二十三首にも同じ掛詞が見られる。
四句「月のみ送る」は月だけが見送るの意で、人の見送りのない寂しさを示している。
結句「山路をぞ行く」は係助詞「ぞ」を受けて連体形「行く」で結ぶ係り結びである。
ありあけ:「有り」の意と、夜明けに月が残る「有明」を掛ける
やまぢ:山道
- 作者
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永縁
- 出典
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金葉和歌集
- 前の歌
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眺むれば覚えぬことも無かりけり 月や昔の形見なるらむ
- 次の歌
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有明の月待つほどのうたた寝は 山の端のみぞ夢に見えける