有明の月待つほどのうたた寝は
山の端のみぞ夢に見えける
- 歌の意味
-
有明の月が出るのを待つ間のうたた寝では、月の出る山の端ばかりが夢に見えたことだ。
- 鑑賞
-
巻第三 秋歌 214
夜更けに出る有明の月を待つ間にうとうとすると、月の出る山の端ばかりが夢に見えた、と詠む歌である。月を待ちこがれる心が夢にまで現れるさまを描いている。
二句の「月待つほどの」は、巻第二の第百五十四首の二句と同じ句で、そこでは月を待つ間に清水をすくい、本歌では月を待つ間にうたた寝をしている。
本巻の第百七十四首から第二百十七首までは月の歌が長く続き、夕月夜から八月十五夜の名月、有明の月まで、さまざまな月のありさまと月を見る心が詠まれていく。
初句「有明の」は有明の月をいい、陰暦二十日過ぎの、夜更けに出て夜明けまで残る月である。
二句「月待つほどの」は月の出を待つ間のの意で、巻第二の第百五十四首と同じ句である。
三句「うたた寝は」はうとうと眠ることはの意である。
四句「山の端のみぞ」は山の稜線ばかりがの意で、係助詞「ぞ」が結句の連体形「ける」と係り結びをなす。
結句「夢に見えける」は夢に見えたことだの意で、月の出を待ちこがれる心を示している。
うたたね:うとうと眠ること、仮寝
やまのは:山の稜線
- 出典
-
金葉和歌集
- 前の歌
-
もろともにいつとはなしにありあけの 月のみ送る山路をぞ行く
- 次の歌
-
山里の門田の稲のほのぼのと 明くるも知らず月を見るかな