山里の門田の稲のほのぼのと
明くるも知らず月を見るかな
- 歌の意味
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山里の門田の稲穂がほのかに見えるように、ほのぼのと夜が明けていくのにも気づかず、月を見ていることだ。
- 鑑賞
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巻第三 秋歌 215
山里で月を眺めているうちに、門田の稲穂がほのかに見えてくるように夜がほのぼのと明けていくのにも気づかなかった、と詠む歌である。夜通し月に見入っていた心を、夜明けの田園の景とともに描いている。
二句の「門田の」は本巻の第百七十三首の二句と同じ語で、そこでは夕暮れの門田の稲葉が詠まれ、本歌では夜明けの門田の稲が詠まれている。
本巻の第百七十四首から第二百十七首までは月の歌が長く続き、夕月夜から八月十五夜の名月、有明の月まで、さまざまな月のありさまと月を見る心が詠まれていく。
初句「山里の」は人里離れた山あいの里である。
二句「門田の稲の」の「門田」は家の門の前にある田で、本巻の第百七十三首にも詠まれている。初句から三句の「ほ」までが「ほのぼの」を導く序詞となっている。
三句「ほのぼのと」の「ほ」は、稲の「穂」と、「ほのぼの」の「ほ」とを掛けた掛詞である。夜がほのかに明けていくさまをいう。
四句「明くるも知らず」は夜が明けるのも気づかずの意である。
結句「月を見るかな」は月を見ていることだの意で、終助詞「かな」で詠嘆している。
かどた:家の門の前にある田
ほのぼの:稲の「穂」を掛けて、夜がほのかに明けていくさまをいう
- 出典
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金葉和歌集
- 前の歌
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有明の月待つほどのうたた寝は 山の端のみぞ夢に見えける
- 次の歌
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有明の月もあかしの浦風に 波ばかりこそよると見えしか