嵐をや葉守の神もたたるらむ
月に紅葉の手向けしてけり
- 歌の意味
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葉を守る神も、嵐をとがめてたたっているのだろうか。嵐は木々の紅葉を散らし、月への手向けとしてしまったのだから。
- 鑑賞
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巻第三 秋歌 217
嵐が木々の紅葉を吹き散らし、月に紅葉を手向けて捧げてしまったので、木の葉を守る神も嵐をとがめているのだろう、と詠む歌である。紅葉が散って月がよく見えるようになったさまを、嵐が月に手向けをしたと見る機知があり、葉守の神を持ち出すところに撰者らしい新しさがある。
長く続いた月の歌群は、月と紅葉とを取り合わせた本歌で結ばれる。紅葉の歌群は本巻の第二百四十三首から始まる。
本巻の第百七十四首から第二百十七首までは月の歌が長く続き、夕月夜から八月十五夜の名月、有明の月まで、さまざまな月のありさまと月を見る心が詠まれていく。
作者の「俊頼」は、源経信の子の源俊頼である。白河院の命により本集金葉和歌集を撰んだ。革新的な歌風で知られる。
初句「嵐をや」は嵐をの意で、係助詞「や」が三句の「らむ」と係り結びをなす。
二句「葉守の神も」の「葉守の神」は柏などの木に宿り、木の葉を守るとされた神である。
三句「たたるらむ」は、たたりをなしているのだろうかの意で、葉を散らした嵐をとがめることをいう。ここで句切れとなる三句切れの歌である。
四句「月に紅葉の」は月に紅葉をの意で、散る紅葉が月への捧げ物とされている。
結句「手向けしてけり」の「手向け」は神仏に供え物をすることで、嵐が月に紅葉を供えてしまったことだの意となる。
はもりのかみ:木に宿り、木の葉を守るとされた神
たたる:神仏が罰を与える、とがめる
たむけ:神仏に供え物をすること
- 作者
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源俊頼
- 出典
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金葉和歌集
- 前の歌
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有明の月もあかしの浦風に 波ばかりこそよると見えしか
- 次の歌
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露しげき野辺にならひてきりぎりす 我が手枕の下に鳴くなり