さもこそは都恋しき旅ならめ
鹿の音にさへ濡るる袖かな
- 歌の意味
-
いかにも都が恋しい旅ではあろうが、それにしても鹿の鳴く声にまで涙で濡れる袖であることよ。
- 鑑賞
-
巻第三 秋歌 225
都を恋しく思う旅であるのはもっともだが、鹿の鳴く声を聞いてまで涙で袖が濡れることだ、と詠む歌である。都への恋しさに、鹿の声の悲しさが加わって涙を誘う、旅の秋の寂しさを表している。
結句の「濡るる袖かな」は本巻の第百六十首と同じ結句で、そこでは喪中の悲しみの涙が、本歌では旅の寂しさの涙が詠まれている。
本巻の第二百二十二首から第二百二十六首までは鹿の歌が続き、妻を恋うて鳴く鹿の声に、旅や独り寝のわびしさなど、さまざまな心が寄せられていく。
初句「さもこそは」はいかにもそのようにの意で、係助詞「こそ」が二句以下の已然形「め」と係り結びをなす。
二句「都恋しき」は都が恋しいの意である。
三句「旅ならめ」は旅ではあろうがの意で、「め」は推量の「む」の已然形である。「こそ…め」の形で、下へ逆接でつながっている。ここで句切れとなる三句切れの歌である。
四句「鹿の音にさへ」の「さへ」は添加の副助詞で、鹿の声にまでもの意となる。
結句「濡るる袖かな」は涙に濡れる袖であることよの意で、本巻の第百六十首と同じ結句である。
しかのね:鹿の鳴く声
- 出典
-
金葉和歌集
- 前の歌
-
夜半に鳴く声に心ぞあくがるる 我が身は鹿の妻ならねども
- 次の歌
-
世の中をあき果てぬとやさを鹿の 今はあらしの山に鳴くらむ