女郎花咲ける野辺にぞ宿りぬる
花の名立てになりやしぬらむ
- 歌の意味
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女郎花の咲いている野辺に宿ってしまった。女郎花という花の名のために、浮き名が立つことになりはしないだろうか。
- 鑑賞
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巻第三 秋歌 230
女郎花の咲く野辺に宿ってしまったので、女性の名をもつ花のために、女のもとに泊まったと浮き名が立ちはしないだろうか、と心配してみせる歌である。花の名を女性に見立てたおかしみがある。
古今和歌集の僧正遍昭の、名にひかれて女郎花を折ったが、堕落したと人に語るなという歌と同じく、女郎花の名を女性と結びつける趣向による。作者は僧であり、遍昭の歌と通い合うおかしみがある。
本巻の第二百三十首から第二百三十三首までは女郎花の歌が続き、女郎花を女性になぞらえて、白露や風とのかかわりが詠まれていく。
作者の「隆源」は、若狭守藤原通宗の子の僧で、阿闍梨である。堀河百首の作者の一人である。
初句「女郎花」は秋の七草の一つで、その名から女性になぞらえて詠まれる。本巻の第二百三十一首から第二百三十三首まで、初句か三句に「女郎花」を置く歌が続いている。
二句「咲ける野辺にぞ」は咲いている野辺にの意で、係助詞「ぞ」が三句の連体形「ぬる」と係り結びをなす。
三句「宿りぬる」は宿ってしまったの意で、ここで句切れとなる三句切れの歌である。
四句「花の名立てに」の「名立て」は評判が立つこと、浮き名が立つことである。
結句「なりやしぬらむ」は、なってしまうのではないかの意で、係助詞「や」と現在推量の「らむ」が結んでいる。次歌の第二百三十一首の「折れやしぬらむ」と同じ形の結句である。
なたて:評判が立つこと、浮き名
- 作者
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隆源
- 出典
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金葉和歌集
- 前の歌
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白菅の真野の萩原露ながら 折りつる袖ぞ人なとがめそ
- 次の歌
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夕露の玉かづらして女郎花 野原の風に折れやしぬらむ