よそに見る峰の紅葉や散り来ると
麓の里は嵐をぞ待つ
- 歌の意味
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遠くから眺めている峰の紅葉が散ってくるかと、麓の里では嵐を待っていることだ。
- 鑑賞
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巻第三 秋歌 250
遠くから眺めるだけの峰の紅葉が、嵐に吹かれて散ってきて手もとに届くかと、麓の里では嵐を待っている、と詠む歌である。ふつうは紅葉を散らす嵐を嫌うのに、かえって待つという逆転の発想で、紅葉を身近にしたい心を表している。
本巻の第二百四十七首では峰の紅葉に吹く嵐を惜しんだのに対し、本歌では嵐を待つと詠み、嵐に対する心が反転している。
本巻の第二百四十三首から第二百五十三首までは紅葉の歌が続き、色づき始めた木々から、川や滝を埋めて散る紅葉までが詠まれていく。
作者の「顕仲_源」は、源顕房の子で神祇伯を務めた源顕仲である。待賢門院堀河、上西門院兵衛の父である。
初句「よそに見る」は遠くから眺めるの意で、手の届かない紅葉であることを示している。
二句「峰の紅葉や」は峰の紅葉がの意で、係助詞「や」による疑問を含む。本巻の第二百四十七首、第二百四十九首にも「峰の紅葉」が詠まれている。
三句「散り来ると」は散ってくるかと思っての意である。
四句「麓の里は」は山の麓にある里はの意である。
結句「嵐をぞ待つ」は係助詞「ぞ」を受けて連体形「待つ」で結ぶ係り結びで、ふつうは嫌われる嵐を待つ意外さを強調している。
よそ:離れた所、関わりのない所
- 作者
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源顕仲
- 出典
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金葉和歌集
- 前の歌
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山守よ斧の音高く響くなり 峰の紅葉はよきて切らせよ
- 次の歌
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柞散る岩間をかづく鴨鳥は おのが青羽も紅葉しにけり