大井川散る紅葉葉に埋もれて
戸無瀬の滝は音のみぞする
- 歌の意味
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大井川では、散る紅葉の葉に埋もれて、戸無瀬の滝は姿が見えず、音だけがすることだ。
- 鑑賞
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巻第三 秋歌 253
大井川では散り落ちる紅葉に埋もれて、戸無瀬の滝は姿が見えず、ただ水音だけが聞こえる、と詠む歌である。滝を隠すほどの紅葉の多さを、音だけが残るという表現で印象深く描いている。
本巻の第二百四十八首と同じく、紅葉に埋もれて音だけが水の存在を示すという趣向で詠まれている。本歌で紅葉の一連は終わり、戸無瀬は巻末の第二百五十六首に秋の泊りとして詠まれている。
本巻の第二百四十三首から第二百五十三首までは紅葉の歌が続き、色づき始めた木々から、川や滝を埋めて散る紅葉までが詠まれていく。
初句「大井川」は紅葉の名所の川で、本巻の第二百四十五首、第二百四十八首も同じ初句で始まる。
二句「散る紅葉葉に」は散る紅葉の葉にの意である。
三句「埋もれて」は埋もれての意で、滝が紅葉に覆われて見えないさまをいう。
四句「戸無瀬の滝は」は大井川の上流、嵐山のあたりにあった滝である。巻末の第二百五十六首にも「戸無瀬」が詠まれている。
結句「音のみぞする」は係助詞「ぞ」を受けて連体形「する」で結ぶ係り結びで、音だけがすることを強調している。本巻の第二百四十八首の「井堰の音」と同じく、水の音によって紅葉の多さを表している。
となせのたき:大井川の上流、嵐山のあたりにあった滝
- 出典
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金葉和歌集
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小倉山峰の嵐の吹くからに 谷の架け橋紅葉しにけり
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明日よりは四方の山辺の秋霧の 面影にのみ立たむとすらむ