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明日よりは四方の山辺の秋霧の
面影にのみ立たむとすらむ

歌の意味
秋が去る明日からは、四方の山辺に立つ秋霧は、ただ面影としてだけ立つことになるのだろうか。
鑑賞
巻第三 秋歌 254

 秋の最後の日に、明日からは秋が去って、今は四方の山辺に立ちこめている秋霧も、ただ思い出の面影としてだけ立つことになるのだろう、と惜しむ歌である。目の前の秋霧を、明日には面影となるものとして眺め、過ぎ去る秋への名残を表している。
 本歌から巻末までは暮れゆく秋を惜しむ歌が続く。三句の「四方の」の語は巻末の第二百五十六首の二句にも置かれている。
 本巻の第二百五十四首から第二百五十六首までは暮れていく秋を惜しむ歌で、秋の巻を結んでいる。

 初句「明日よりは」は明日からはの意で、今日が秋の最後の日であることを示している。
 二句「四方の山辺の」は四方の山のあたりのの意で、巻末の第二百五十六首にも「四方の紅葉」と「四方」の語がある。
 三句「秋霧の」は秋に立つ霧で、秋を代表する景物である。
 四句「面影にのみ」は思い出の中の姿としてだけの意である。
 結句「立たむとすらむ」は立とうとするのだろうかの意で、「立つ」は霧が立つことをいう。「らむ」は現在推量の助動詞である。

よも:四方、あちらこちら
おもかげ:心に浮かぶ姿、思い出の中の姿
出典
金葉和歌集
前の歌
大井川散る紅葉葉に埋もれて 戸無瀬の滝は音のみぞする
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草の葉にはかなく消ゆる露をしも 形見に置きて秋の行くらむ