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山川の水はまさらで時雨には
紅葉の色ぞ深くなりける

歌の意味
山の川の水かさは増さないで、時雨によっては紅葉の色こそが深くなっていくことだ。
鑑賞
巻第四 冬歌 259

 時雨は雨でありながら山川の水かさを増すほどではなく、かえって紅葉の色を深めていく、と詠む歌である。雨が降れば川の水が増すはずだという常識をくつがえし、時雨の働きを紅葉の色の深まりに見いだしている。
 「まさる」と「深くなる」を対比させ、水の量ではなく色の濃さが増すという見立てに趣向がある。
 本巻の第二百五十七首から第二百六十六首までは、時雨や紅葉など初冬の景物を詠む歌が続く。
 作者の「永縁」は藤原永相の子で、興福寺の僧である。権僧正に至り、ほととぎすの歌によって初音の僧正と呼ばれた。

 初句「山川の」は山の中を流れる川で、山の景を示している。
 二句「水はまさらで」は水かさは増さないでの意で、打消の接続助詞「で」を用いている。
 三句「時雨には」は時雨によってはの意で、時雨の働きを示している。前々歌の第二百五十七首の「しぐるるままに」と同じく、時雨が紅葉を染めるという考え方による。
 四句「紅葉の色ぞ」は紅葉の色こそがの意で、係助詞「ぞ」が結句の連体形「ける」と係り結びをなす。二句の水かさと対比させている。
 結句「深くなりける」は深くなっていくことだの意で、詠嘆の「けり」の連体形で結んでいる。

まさる:数量や程度が増す
作者
永縁
出典
金葉和歌集
前の歌
時雨つつかつ散る山の紅葉葉を いかに吹く夜の嵐なるらむ
次の歌
神無月時雨の雨の降るままに 色々になる鈴鹿山かな