- 歌の意味
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神無月になり、時雨の雨が降るにつれて、さまざまな色に染まっていく鈴鹿山であることだ。
- 鑑賞
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巻第四 冬歌 260
神無月の時雨が降るにつれて、鈴鹿山の木々が色とりどりに紅葉していく、と詠む歌である。伊勢と近江の境の歌枕である鈴鹿山を舞台に、時雨のたびに移り変わる山の彩りをとらえている。
本巻の巻頭の第二百五十七首と同じく初句「神無月」で始まり、時雨につれて紅葉する山を詠む点でも共通している。
本巻の第二百五十七首から第二百六十六首までは、時雨や紅葉など初冬の景物を詠む歌が続く。
初句「神無月」は陰暦十月の異称である。巻頭の第二百五十七首と同じ初句で、冬の初めの月を示している。
二句「時雨の雨の」は時雨である雨がの意で、時雨を雨と言い直して重ねている。
三句「降るままに」は降るにつれての意で、本巻の第二百五十七首の「しぐるるままに」と同じく「ままに」を用いている。
四句「色々になる」はさまざまな色になるの意で、木々がそれぞれの色に紅葉していくさまを示している。
結句「鈴鹿山かな」は伊勢と近江の境にある鈴鹿山で、終助詞「かな」で詠嘆している。鈴鹿山は「鈴」の縁から「振る」「鳴る」と結びつけて詠まれることが多く、本歌でも縁語として「降る」「なる」の語を用いている。
すずかやま:伊勢国と近江国の境にある山。歌枕
- 出典
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金葉和歌集
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山川の水はまさらで時雨には 紅葉の色ぞ深くなりける
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紅葉散る山は秋霧晴れせねば 竜田の川の流れをぞ見る