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紅葉散る山は秋霧晴れせねば
竜田の川の流れをぞ見る

歌の意味
紅葉の散る山は秋霧が晴れないので、竜田川の流れの方を見ることだ。
鑑賞
巻第四 冬歌 261

 紅葉の散る山は秋霧に閉ざされて見ることができないので、紅葉が流れてくる竜田川の流れの方を見る、と詠む歌である。山の紅葉そのものではなく、川面を流れる散り紅葉によって山の紅葉を知るという趣向である。
 竜田川は紅葉の名所の歌枕で、古今和歌集の在原業平の「ちはやぶる神代も聞かず竜田川からくれなゐに水くくるとは」などで名高い。
 本巻の第二百五十七首から第二百六十六首までは、時雨や紅葉など初冬の景物を詠む歌が続く。

 初句「紅葉散る」は紅葉が散るの意で、山の様子を示している。
 二句「山は秋霧」は山は秋霧がの意で、冬の巻の中で秋の霧を詠み、秋の名残の景を描いている。
 三句「晴れせねば」は晴れないのでの意で、山の紅葉が見えない理由を示している。
 四句「竜田の川の」は大和の歌枕の竜田川で、紅葉の名所である。本巻の第二百六十六首も竜田川の紅葉を詠んでいる。
 結句「流れをぞ見る」は流れを見ることだの意で、係助詞「ぞ」が連体形「見る」と係り結びをなす。山の代わりに川の流れを見ることを強めている。

たつたがは:大和国の川。紅葉の名所の歌枕
出典
金葉和歌集
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神無月時雨の雨の降るままに 色々になる鈴鹿山かな
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