何事を待つとはなしに明け暮れて
今年も今日になりにけるかな
- 歌の意味
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何を待つというわけでもなく日々を明かし暮らして、今年も今日という最後の日になってしまったことだ。
- 鑑賞
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巻第四 冬歌 304
何かを待つというわけでもなく、ただ日を明かし暮らしているうちに、今年も年の終わりの今日になってしまった、と詠む歌である。何事もなく過ぎていった一年を振り返り、年の終わりを迎えた感慨を淡々と詠んでいる。
本歌は巻第四冬歌の巻末歌である。巻頭の第二百五十七首が神無月の時雨と紅葉で冬を始めたのに対し、本歌は年の最後の今日で冬の巻を結び、巻頭と巻末が冬の始めと終わりとで呼応している。
本巻の第二百九十九首から第三百四首までは、年の暮を惜しむ歌が続き、冬の巻を結んでいる。
作者の「国信」は、右大臣源顕房の子で権中納言に至った源国信である。堀河百首の作者の一人で、堀河天皇の時代の歌壇で活躍した。
初句「何事を」は何事をの意で、二句と合わせて特に待つものもないことを示している。
二句「待つとはなしに」は待つというわけでもなくの意である。
三句「明け暮れて」は夜が明け日が暮れての意で、日々を過ごすことをいう。
四句「今年も今日に」は今年も今日にの意で、「今日」は年の最後の日を指している。
結句「なりにけるかな」はなってしまったことだの意で、詠嘆の「けり」の連体形に終助詞「かな」を添えている。
あけくる:夜が明け日が暮れる。月日を過ごす
- 作者
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源国信
- 出典
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金葉和歌集
- 前の歌
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年暮れぬとばかりをこそ聞かましか 我が身の上に積もらざりせば
- 次の歌
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千代経れど面変はりせぬ河竹は 流れての世のためしなりけり