君が代はすゑの松山はるばると
越す白波の数も知られず
- 歌の意味
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君の御代は末遠く続き、はるばると末の松山を越えていく白波の数のように、数え知ることもできない。
- 鑑賞
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巻第五 賀歌 313
君の御代は末長く、はるばると末の松山を越えていく白波の数のように、いくつの年を重ねるのか数えきれない、と詠む歌である。「すゑ」に御代の末と末の松山の地名を掛けている。
末の松山は、古今和歌集の東歌「君をおきてあだし心をわが持たば末の松山波も越えなむ」によって、波が越えることのない山として知られる。巻第四の第二百八十四首は、その末の松山を波が越えて初雪を消すことを案じていたが、本歌は越えていく白波の数の多さを御代の年の数になぞらえている。
本巻の第三百十一首から第三百十四首までは、松や白波、花桜に寄せて君が代の久しさを祝う歌が続く。
初句「君が代は」は君の御代はの意で、前々歌の第三百十一首と同じ初句である。
二句「すゑの松山」の「すゑ」は、御代の末の意と、陸奥の歌枕の末の松山とを掛けており、平仮名のままとした。巻第四の第二百八十四首にも末の松山が詠まれている。
三句「はるばると」は遠く果てしなくの意で、御代の末の遠さと、波の遠く寄せるさまを重ねている。
四句「越す白波の」は松山を越えていく白波のの意である。
結句「数も知られず」は数を知ることもできないの意で、御代の年数の数えきれないことを示している。
すゑ:御代の末の意と、陸奥国の歌枕「末の松山」を掛ける
すゑのまつやま:陸奥国の歌枕。波が越えることはないとされた
- 出典
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金葉和歌集
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君が代のほどをば知らで住吉の 松を久しと思ひけるかな
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池水の底さへ匂ふ花桜 見るとも飽かじ千代の春まで