- 歌の意味
-
池の水の底までも照り映えている桜の花は、いくら見ても見飽きることはないだろう。千代の春まで。
- 鑑賞
-
巻第五 賀歌 314
池の水に映って底まで照り映える桜の花は、千代の春まで見続けても見飽きることはないだろう、と詠む歌である。水面に映る花の美しさをたたえ、その花を千代の春まで見るという形で御代の久しさを祝っている。
本巻の第三百七首が池に浸る松を詠み、第三百八首、第三百九首が桜を詠んだのに対し、本歌は池と桜を取り合わせている。
本巻の第三百十一首から第三百十四首までは、松や白波、花桜に寄せて君が代の久しさを祝う歌が続く。
初句「池水の」は池の水のの意である。
二句「底さへ匂ふ」は底までも照り映えるの意で、水に映る花の影を詠む。副助詞「さへ」が添加を表している。
三句「花桜」は桜の花で、本巻の第三百八首の「八重桜」、第三百九首の「桜花」を受けている。ここで句切れとなる三句切れの歌である。
四句「見るとも飽かじ」はいくら見ても見飽きないだろうの意で、打消推量の「じ」を用いる。
結句「千代の春まで」は千年先の春までの意で、本巻の第三百十一首の「海となるまで」と同じく「まで」で御代の続く限りを示している。
にほふ:色美しく照り映える
- 出典
-
金葉和歌集
- 前の歌
-
君が代はすゑの松山はるばると 越す白波の数も知られず
- 次の歌
-
音高き鼓の山のうちはへて 楽しき御代となるぞうれしき